雑記置き場

@55lammyの雑記置き場です

京都の紅葉を撮りに行った

京都の紅葉を撮りに行きました。先日11月23日、勤労感謝の日に日帰りでぱーっと。名古屋は京都に近くて本当によいです。

(写真多いです。スマフォからご覧の方は通信データ量にご注意)

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日記_06nov2016

◆観たい映画の話

 また映画の話です。

 観たい映画の公開日をすぐ忘れそうなのでgoogleカレンダーに記録しておくことにしました(本当にどうでもいい報告だこれ)。生まれてこの方予定表というものをまともに管理できた試しが無いのだけれど、映画の公開日をメモっていくだけなのでさすがに運用できるものと自分を信じたい。

 今月残りは(残りといってもまだ4週間あるのか、)この世界の片隅にと聖の青春はおそらく観に行きます。でもその2つだけだとちょっと湿っぽい気分になりそうなので、アクション映画成分を戴くためにジャックリーチャーでも観ようかなと(割とどっちでもいいかなと思っている)。あとはイレブンミニッツがちょっと気になっていますが、トレーラーを観てもジャンルが予想付かなかったので保留で。

 来月はローグワン/スターウォーズとポッピンQがあるけど、実はスターウォーズシリーズは未見なので(おいおいマジかよと自分でも思いますが)、観に行くとしたら過去作を復習してからですね。過去作って7,8本あるんでしたっけ……。ポッピンQの方は今日予告トレーラーを観たんですが意外と食指が動かなかったので保留で。といっても年末年始のヒマ時間に余裕がある間にふらっと観に行きそうですが。こう考えると映画の公開時期ってホントに大事ですね。

 


映画『この世界の片隅に』予告編

 


11月19日(土)公開 映画『聖の青春』予告編

 


ジャック・リーチャー NEVER GO BACK | 劇場本予告 | パラマウント ピクチャーズ ジャパン

 


様々な人物の11分間を描く『イレブン・ミニッツ』予告編

 

 

◆観た映画の話

 (以降若干ネタバレあります)

 今日はインフェルノプリキュアと聲の形(2回目)を観に行きました。一日に3本も映画館でぶっ続けで観るとさすがに疲れますね。次からは2本までにしとこうと帰りの道すがら思いました。。

 

 インフェルノですが、開始早々「あ!これボーン・アイデンティティーでみた!」ってなりましたよねシリーズ三作目にして今作が一番主題が平々凡々としていて、このシリーズに期待してるのってこういうのじゃないんだけどなあ~というのが率直な感想。いや面白かったんですけどね。

 一作目がキリスト教の存在そのものを根底から揺るがす「聖杯」を巡る争い、二作目が日々進歩する科学技術を前にして宗教の失墜を恐れたバチカン内部の権力者によるテロリズムと、二作とも宗教とは、宗教の価値はみたいなところを扱っていたという認識なんですが、今作は人口増加し過ぎて未来が危ないのでジェノサイドを起こして人口減らしましょう(ついでにそれを実行した俺は歴史に名を刻む英雄になるぜ)といった厨二病丸出しな男が相手(相手と言っても開始早々に死ぬけど)。そんなのに対して必殺の啖呵は「人間にそんなことをしていい権利は無い!」ってまあそうなるよね。といった感じで、宗教色も薄いうえ手垢ベタベタに付きまくりな題材で、これこのシリーズでやる必要あったか?と。

 それとこのシリーズの魅力であるミステリ成分ですが、これも今作が一番うすあじだったかなあと。この黒人絶対嘘ついとるやろ、とか、ウイルスの隠し場所もう一捻り二捻りくらいしてくるやろ……あれっ、ホントにここにあるの、とか、割ともう少し欲しいなあと思ってしまった部分がけっこうあった。ヒロインが実はゾブリストのシンパで途中で裏切ります、とかそういう展開だったらベタすぎて何だかなあとか思ってたら本当に途中で裏切りやがったのはひょえ~~ってなりました。

 一方で、今作も欧州の美麗な建築群や美術館などが大量に画面に登場してくるので、それを拝めるだけでチケット代のモトは取れたかなと思わされるところが負けた気分がするようなしないような。ぶっちゃけそれらを撮りたい見せたいというのがこの映画の主目的で、主題は割とどうでもいいとかそういうスタンスなのか?とも思ったり。とそうなると個人的には主題と見せたいものが綺麗に合致している1作目が一番出来が良いなと思うんですよね。ミステリ要素も一番凝ってますし。

 んでまあ何だかんだとここまで書きましたけど結論を言うと面白かったのでぜひ観に行きましょう。

 

 次、プリキュアですが、開幕のフル3DCG短編は物凄い作り込みがなされててぶったまげました。ディズニーやピクサーに引けを取らない品質で、プリキュアCG班のスキルの高さを再認識しました。あとモフルンが増殖して踊っている映像は割と狂気を感じました。

 本編ですが、上野ケン監督の作画が可愛くてそこばかりに頭を支配されていてあまり集中して観れませんでした(←くそオタク)。シナリオは友情!それと諦めない心!というまほプリのいつもの王道展開だったので安心して観れましたし、格闘のカットはむちゃくちゃ動いていて超かっこよかったので満足度高かったです。モフルンは変身してやたら可愛くなっても口調は何も変わらないところはギャップがあって面白かったですね。あとクマが沢山出てきて踊っている映像は割と狂気を感じました。狂気感じてばっかりじゃないか!

 

 聲の形は公開初週に観に行っていたのですが、もう一度じっくり腰を据えて観たいなと思っていたし、ブルーレイ発売するまでが待ちきれなかったので二度目の鑑賞。確信しましたけどやっぱりこの作品、今年のマイベスト映画です。感想は時間をかけて単独記事でしっかり書きたい。

 


『インフェルノ』特別本編映像

 


【予告編】『映画魔法つかいプリキュア!奇跡の変身!キュアモフルン!』10月29日(土)ロードショー!

 


映画『聲の形』 ロングPV

 

 

積ん読が相変わらず多過ぎる

 自分の机周りをざっと見回して漫画、小説、大判本などなどが50冊近く塔を形成している。読みきれないなら買うなよと思う一方で、飲食やソシャゲにお金溶かすよりマシだから……などという薄弱な意思に逆らえず気付いたらポチっている。ちゃんと読みましょうね……。

 で先日は円城塔氏のSelf-Refelence ENGINEを読了。帰宅途中の電車の中でちまちま読み進めて半月ちょっとかかりました。氏の作品はハイコンテクストを要求してくるので読むのに気合が要る……などといった邪魔な先入観が邪魔をしてきたのですが、読み終えてみたらなんか巧みな言葉遊びにうまくだまくらかされたというか。要領を得ないなあと思いながら読み進めていたら、おわりの方のページで指数グラフ的に理解が収束していき、最終的になんかすっきりした読後感が味わわされる羽目になったので釈然としません。構成(というか構造)は見事だなと思います、名著だと思います。

 

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

 

◆ただの日記のくせにダラダラと長過ぎる

 もう少しスリムな文章を書くように今後気をつけます。。

 

(記:2016年11月06日)

 

 

日記_01nov2016

コミケ91スペース貰えました

 12/31(土)東7ホールJ14bです。よろしく。

 

◆日記

 名古屋コミティアが10月30日にあったので覗いてきました。サークル参加申し込みを出し忘れていたので一般参加で。初めて覗いてみたんですが、雰囲気は昔ながらのローカル同人即売イベントといった印象で、良くも悪くもアナクロだなーと。地元でマイペースにやっていきたい、地元の仲間との交流の場を維持していきたい、というニーズを掬う機会としてこういう場は確実に必要で、ただまあ一方で目新しさは特に無いので、今後集客が落ちていってしまう事があったときにどう手を打つか、というのは課題だろうなと思いました。少なくとも今回自分の目に映った印象としては、それなりの賑わいではあったにせよ、盤石大盛況~というわけでもなかったです。今後自分がサークル参加していくとしたら、なにか助力できる事あったりしないかなあ。とここまで書いて「部外者が何偉そうなこと言ってんだ」と自分で思ったのでもう黙ります。

 

◆映画の話

 先々週末の話になってしまうけどジェイソン・ボーンとゼーガADP観に行った。感想を書こうと思っていたのに気付けば視聴後10日も経過してしまってどんどん記憶が喪失していっている。

 ジェイソン・ボーンは観て損は無いです。というか今秋公開の映画の中ではトップクラスのクオリティでしょう。先日からはインフェルノも上映開始となりましたしこの2つが今秋の映画の目玉という認識で間違いは無いかと。あとプリキュア。再来週末にはこの世界の片隅にが公開ですけどあれは観てみないと判らない。邦画は自分の守備範囲外でかつ興味もあまり無いので何とも。聖の青春は観に行くかもしれません。年末はポッピンQ、年明けて2月は虐殺器官ですね、前者は黒星紅白プリキュア(あるいは黒星紅白版どれみ)の認識で、後者は義務感のみで観に行くつもりです。あえて何も言うまい。

 

 


『ジェイソン・ボーン』First Look

 

(!以降ネタバレ若干あります!)

 

 で話を戻してジェイソン・ボーンですが、”新章始動”とトレイラーで謳っていますが、良くも悪くもいつも通りでした。

 前3作(ボーンレガシーはとりあえず置いといて、)では自分が何者かを知るために動くジェイソンと、危険因子を排除したいCIA(の腹黒い連中)との戦いが描かれていて、3作目のアルティメイタムあたりまでくるともはや劇中の何もかもが「シリーズ恒例の○○」みたいな様相を呈してしまっていて(でもまあアクションシーンに関して言えば鬼ごっこも肉弾戦もカーチェイスも全てがハイクオリティなのでばっちり楽しんで観れてしまうという丁寧なゴリ押しで出来ているシリーズだと思っているんですが)、ジェイソンくんも自身の過去は殆ど全て知り尽くしてしまった(※)ので、今作鑑賞前の時点では正直何やるんだろう、もういい加減描くこと無いよねと思っていたんですがー。

(※「知った」のであって「思い出した」とは少し違うところがミソだと思う。(本人は劇中に「思い出した」という言葉を選ぶ場面はあるが。)過去の自分が何者かを知ったが、だからといって自分の価値観や行動理念が記憶喪失前の自分に戻るかというと戻っていない。それゆえに苦悩するし身の振る舞い方もうまく決められない)

 結局今作も大筋はだいたい一緒で、「言うほど”新章始動”か?」という感はあったんですが、それでもまあ今作はジェイソンくんの今後の身の振る舞い、自分はこれから何を為していくべきか?みたいな思慮をいくばくか描写していたので、その辺りがポイントでしょうか。他に目新しさで言うと、SNSやスノーデン事件等、イマドキのIT界隈のネタというかフィロソフィーというかを採用してて、そろそろ新しいことやらんとという気概はそれなりに感じました。それらが目新しい事かと言うとやや微妙ですが……。

 今作のエンドはああいった引きだったので、次回作を作る気満々なんだろうなあ、若い女優さん新しく起用したし、といったところです。……女性キャストで思い出した、マリーやランディが1秒も、名前すらも出てこなかったんだけどなんで?特にマリーはジェイソンにとって一番大切な人物の筈なのに。いまいち腑に落ちない点ではある。あ、ニッキーをあっさり退場させたのは(色々な意味で)流石だなと思った。このシリーズは本当にバンバン人が死んでいき、最後には荒涼とした世界がジェイソンを待ち受けていて、容赦の無い冷淡さは徹底していると思います。あでも毎作毎作ラストは綺麗に〆られてますけどね。

 あとは前作までのオールドレンズ調の画面づくりは不採用となり、今作は比較的解像度高めのくっきりした画面づくりが為されていました。彩度は抑えめなのでこれまでのシリーズの質感を損ねてはいないですが、個人的には前作までのレトロな質感の方が好きです。新章始動ということで質感変えたんでしょうか。今作の後半の舞台がベガスだったことによる?赤系のトーンをこれまでより高めにして、ギラギラした街並みが画面映えするよう狙ったということかもしれません。

 

 

 ついでにゼーガADPの話。ジェイソン・ボーンを観た後だとはっきり言って下手すぎる映画で笑ってしまうんだけど、でもこの絶妙な不器用さがゼーガなんだよなあ……といった具合に一周回った愛おしさを感じるんですよね(笑)戦闘シーンのカメラワークの悪さがいちいち絶望的で、戦闘内容も淡白だし、とにかく迫力が無さ過ぎてロボットアニメである必要性に疑問を覚えてしまうんですが、でもこの絶妙な不器用さがゼーガ以下略。全くうまく機能していない哲学者の名前や格言の引用も失笑モノで、各キャラの台詞のひとつひとつも絶妙にクサクサしていて、とにかくもう何もかもが絶妙に不器用!10年経っても不器用!というか狙ってやってますよねコレ絶対。大真面目にやっててこの不器用さだったら非常に愛おしいですね。この青臭さがゼーガの魅力なんでしょうねおそらく。

 

(記:2016年11月01日)

日記_21oct2016

◆体調を崩していた

 ブログ始めましたの記事からさて一発目の記事だというのにいきなりしょうもない報告から入ることになってしまった。

 日曜から左下腹部の鈍い痛み(波がある感じだった。平気なときは平気で、来るときはズシーンと来る感じ、)に悩まされて一週間を過ごした。今日くらいになって治まったが若干不安になる感じだった。心当たりが本当に無いのが特に不安なところ、このまま怪しい案配が続くようなら医者に行こうと思っていた矢先で今日平気になってしまったのもまた何ともいえない。次また同じような感覚が来たらさすがに医者に行こうと思う。

 ところで気付いたのは、鈍痛からくる倦怠感(仕事が捗らない!)に難儀して栄養剤やらエビオスやらチョコラBBやらネイチャーメイドやらをドバドバ飲んでいたら、これがけっこう身体を誤魔化せたという。近所のスーパーにリポビタンDのバッタもんの栄養剤が48円で売っていてそのコストパフォーマンスに衝撃を受けた。イオンブランド恐るべし。

 

◆観たい映画

 今週末はジェイソンボーンとゼーガADPを観に行くつもり。ボーンシリーズは今アマゾンプライムで復習視聴中、今夜はアルティメイタムを観る。

 ボーンシリーズは何がいいかというと、特筆するなら、まあやっぱりあの画面づくりかなと思っている。欧州の美麗な都市景観をオールドカメラ調の画面づくりで渋く見せているところが、ああ自分はいま映画を観ているなというリッチな気分にさせてもらえるというか。あとマットデイモン君のゴリラ顔がクセになるというか。そんな感じで僕は好きです。

 ゼーガは2クールの内容を二時間にどうまとめているのか、新キャラや新カットってどんなか、花澤さんによる十年越しのカミナギちゃんの演技はどんなかなどが気になっている。テレビ版は脚本の大筋はいいのに設定の詰め方が甘すぎるだとか敵キャラの無味乾燥っぷりは何なんだとか色々と惜しいところを感じまくっていたんですが、今作でどうまとめてきているのか期待しています。

 

 ◆本買いすぎ

 8月以降、月間30冊くらいは書籍(小説、漫画、画集等の大型本、あとはたまに雑誌)を買ってる(技術系や学術系の書籍もちゃんと読みましょう……。ところで先週末は学生時代の友人とその奥さんとご飯を食べたんですが、友人は現在人工知能分野の先端でバリバリ活躍してる凄腕で、色んな話を聞かせて貰えて良かった。SFクラスタ以外の人間と普通に量子コンピュータだとかシンギュラリティだとかそんなワードをバンバン交わすとか想像だにしていなかったのでいやあ面白かった。また近々会いたいなと思いつつ僕は愛知在住で友人は高知在住なのでやや難儀ですが。話がむちゃくちゃ逸れた)。

 小説は文庫落ちしてからしか買いたくない貧乏性なのでダメージは軽微、漫画もまあ許してくださいってところ、なんだけど画集、大型本がでかい、物質的な意味でも財布へのダメージ的な意味でも。そして年々部屋を書籍が圧迫してきている。引っ越ししたい。あと買った書籍が全部読み切れているのかというと全然読み切れていない。文字通り積ん読しまくっていてあちこちに塔が屹立している始末です。いま何読んでるかとか感想とかはまた後日書きます。

 

(記:2016年10月21日)

 

はてなブログをはじめた/このブログの基本方針について

 

はてなブログをはじめました

  だいぶ前からTwitterが自分に合わず息苦しいと感じるようになってきていたことと、まとまった文章をそれなりの頻度で書きたいというモチベーションが湧いてきた(が長らく運用してきている自サイトには書きたくない)ことから、新たにブログを用意して書くことにしました。

 「まとまった文章を」「それなりの頻度で」書くことを何故意識しはじめたと言うと、まあ、それをしていないと、アウトプット不足に起因した感性の萎縮が、さらには(精神的な)老いがどかどか進行していくのでは、という漠然とした恐怖をここ最近ふつふつと感じていたことが動機です。

 「いいものをいい」「好きなものを好き」あるいは「嫌いなものを嫌い」と表現するための言葉が、文章が、自分の望む通りに出力できない、表現できない。これは非常にもどかしい。(でも仕方が無い。だってこれまで碌に書いてきていないんだから!)

 ということで、このブログは僕の作文のトレーニングを主目的の一つとしています。それと、日記(10年くらい前の表現(人はそれを死語と呼ぶ)を使うならばライフログ)をつけていくこと、あとは「いいものをいい」「好きなものを好き」と記していくこと、あるいは単なる(アウトプットすることによる)頭の中の整理、これらがこのブログの存在理由です。

 

 

 

■このブログの基本方針について

  このブログには主に以下について書いていくつもりです。

 

・日記

 日記です。まさしく自分のためだけの文章を書きます。なるべく気軽に書きたいけど、後から読んでも読むに耐えうる程度のなるべく恥ずかしくない文章を書くようにこころがけたい。

 

・雑記

 特にカテゴライズせず、思ったことを雑多に書きます。

 日記との差別化をどうするかですが、日記はその日その時の出来事やとりとめもないことについて気軽に書くカテゴリにして、こっちは1記事につき1つのテーマをはっきり設けて書く、とかにしようかと思っています。日記よりはちゃんと読み物を意識した文章を書く、といったところでしょうか。

 

・映画、小説、アニメ、マンガ、テレビドラマ等の感想文

 感想文です。「批評」では無いです。

 なぜわざわざ「「批評」では無いです」とことわりを入れるかと言うと、僕は批評を書ける程の体系的な知識や、多角的な視野からコンテンツを読み取る力や、それを正確かつ誠実かつ公正に(そして読み応えのあるものに)書き上げるだけの作文能力を充分持ち合わせていないからです。この現状で無理に批評を書こうとしたところで、それは無責任で読み手を不快にさせる駄文にしかならないでしょう。

  僕が大好きな作家のひとりである伊藤計劃氏は「伊藤計劃映画時評集1」の冒頭にて、

 映画批評っていうのはレビューではない。もっと体系的だし、少なくともウェブに溢れる「面白い」「つまらない」といった感想程度のゴシップではない。

 ーー印象批評と規範批評の粗雑な合体であってはいけない。厳密な意味での「批評」は、その映画から思いもよらなかったヴィジョンをひねり出すことができる、面白い読み物だ。

 と述べています。また、『批評』を辞書で引くと、「事の是非・善悪・正邪などを指摘して、自分の評価を述べること。」と記されています。批評とはジャッジメントを下す行為であり、僕のような凡人が気軽に行っていい行為では無いのです。

  であるため、僕の文章はあくまで「感想文」として書きます。責任を負うことから逃げている、予防線を張っているだけとしか思えない、と受け取られてしまうかもしれませんが、僕は僕なりに「正確かつ誠実かつ公正に(そして読み応えのあるものに、なればいいな)」という文章の作文に励みますので、ご容赦願いますといったところです。

 

Running Pictures―伊藤計劃映画時評集〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

Running Pictures―伊藤計劃映画時評集〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

 

■感想文を書く上での指針

 これに関しても伊藤計劃氏のエントリ( http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20080804 )にて「信用してはならない映画評の書き手の見分け方」が強烈でかなり目を覚まさせられます。以下引用。

以下のセンテンスまたは類似の言葉を使っている映画評は信用できないorつまらない、というワードを淡々と列挙するよ。

 

・ストーリーが読めてしまうからよくない

・エンターティメント(娯楽映画)としてはすばらしい

・芸術としてはすばらしい

・人物描写が浅い(薄い)からよくない

・人物描写が深い(しっかりしている)からいい

・テーマが深いのでいい

・テーマが浅いのでよくない

・テーマが見えてこないのでよくない

・テーマが描けていないのでよくない

・ある社会との関連が薄いのでよくない

・ある社会をよくとらえているのですばらしい

・ある思想なり社会批評なりが描けていないからつまらない

・ある思想なり社会批評なりが描けているからよい

・登場人物に感情移入できないからつまらない

 

と書いている人。 

 エントリ中では以降更にバッサリ切りまくっていて痛烈です。一方で、氏がどれだけ「『言葉』は慎重に、大切に扱うべきものである」と考えていたのかを窺い知ることができるエントリだと思っています。(他にも、「伊藤計劃映画時評集」や「伊藤計劃記録」を読むと氏の評論におけるポリシーや矜持が知れます。加えて上記は、氏の長編作品(「虐殺器官」や「ハーモニー」など)の制作ノートとしての側面もあり、資料的価値を感じるほか、純粋に読み物として非常に面白いです。闘病記録も多量に記されているので「面白い」という表現はどうかとも思いますが……)

 

伊藤計劃記録 I (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃記録 I (ハヤカワ文庫JA)

 
伊藤計劃記録 II (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃記録 II (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 結局のところ、

・「自分の目に見えたもの」は自分だけが認識したものでしかなく、それを唯一解、あるいは大多数にとって標準的な解のように語るのはナンセンスである

・数多の要素が複雑に絡み合って出来ているコンテンツに対して僅かな数の尺度のみで良し悪しのジャッジを下すのはナンセンスである

ネットスラングや流行りの言葉(最近で言えば「感動ポルノ」など。どうでもいいけどこのワードの思考停止っぷり僕大嫌いなんですよね。すいません話が逸れました)を用いて何となく「俺分かってますよ」的な雰囲気を出しているだけの語りはナンセンスである

・不用意なレッテル貼りは誠実さに欠けるのみならず、自身の感性の萎縮っぷりを自白する行為であり大変ナンセンスである

 などなど。書き出してみると至極当然の話ばかりで、一般教養、一般常識レベルのように思えるのですが、どうにも筆が乗ってくると冷静さを欠いていき、そういうときは大抵上記のような地雷をドカドカ踏み抜く羽目になるんでしょうね。(無論自戒の意を込めて書いています。)

 

このエントリは適宜見直して修正入れようと思います。今後新規エントリを書く前には必ず目を通して自身のブレを正すための文章にしたい。

(記:2016年10月11日

 修正:2016年10月13日)